アルツ君は職人進行性核上性麻痺の疑いのある元植木職人のアルツ君(父)、アルツ君の愛妻キノコさん(母)、そしてアルツ君の息子ヤッチの日々の生活を紹介しています。
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アルツ君の退院日が決まりました。

2015/05/16 (土)  カテゴリー: アルツ君
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アルツ君の手の甲

こんばんは。

アルツ君の息子ヤッチです。

アルツ君の退院日が決まりました。

来週5月12日火曜日の午前中です。

アルツ君の入所している特別養護老人ホームの職員さんが病院に自動車で迎えに来てくれることになっています。

ヤッチも立ちあいます。

前回の記事で、アルツ君が出された食事を完食した記事を書かせていただきましたが、全体的に見れば、完食する日は少なく、平均すれば、4割~5割くらいの食事摂取量というのが、実際のところではないでしょうか。

現在入院中のOG病院では常時点滴で、脱水状態になる心配はさほどありませんが、特養に戻れば、点滴を受けることはできません。

果たして上手く水分摂取ができるか、気がかりなところです。

また、退院といっても、依然アルツ君の身体は低栄養状態のままです。

アルブミン値も低いし、その他の栄養素も正常値の範囲を下回ったままです。

植物でいえば、肥料切れを起こしている状態ともいえます。

今までとれていたコミュニケーションも少しずつ取れない場面も増えてきました。

独り言を言っていることが多く、ヤッチでも中々何をアルツ君が言っているのかわからないことが増えてきました。

特養に戻って、水分摂取や食事摂取が上手くできなければ、また入院なんていうことにもなりかねないかもしれませんね~。

今回の入院に際しての病院側からの病状説明の時に、主治医から『胃ろう(いろう~手術で腹壁を切開し、胃内に管を通し、食物や水分等を送り込む)』の話もちらほら出ていましたので、再度入院ということになれば、『胃ろう』を勧められるかもしれません。

これまでヤッチも『胃ろう』の造設には反対意見を唱えていましたが、積極的考えなくてはいけない日が来るかもしれません。

と、ここまで書いて、矛盾する話になりますが、昨日(5月15日金曜日)、アルツ君のところに面会に行ったときのこと…。

アルツ君に食べてもらおうと、水ようかんを病室にある冷蔵庫に入れて保管しているのですが、これを確認したところ、ストックがゼロです…。

確か5月13日水曜日の時点では4つほど冷蔵庫に入っていたのですが…。

13日、14日、15日の3日間で4つ消費したことになります。

一日に一つも食べられれば、アルツ君にしては上出来くらいに考えていたのですが、一日一つ以上のペースで無くなっていることになります。

ん…。

在庫切れになってはかわいそうなので、セブンイレブンに自転車を走らせ、水ようかんを購入し、再び冷蔵庫に入れておきましたよ…。

食欲が戻っているのなら良いのですが、もしかして看護師さんが…???

それともアルツ君が夜な夜なひとりで立ち上がって冷蔵庫まで…???

(; ̄ー ̄川 アセアセ

3つで大丈夫かな…。

(; ̄ー ̄川 アセアセ

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2015/05/16 | コメント (0) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top

兄が亡くなりました

2019/10/04 (金)  カテゴリー: 兄
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sadness

訃報の記事ばかりが続いて、恐縮ですが、昨日(2019年10月03日)の朝、兄が亡くなりました。

享年66歳です。

寝耳に水、青天の霹靂、ハゲ頭に氷です。

兄のことを記事にしたことが、あまりありません。

ヤッチに兄がいることをはじめて知ったという方も多いと思います。

抜け毛度が、ヤッチより進行している10歳年上の実の兄がいます。

姉よりも年上で、アルツ家の長男です。

兄は、ヤッチと同様に、生活保護を受けています。

兄の訃報を区の福祉事務所のケースワーカーさん(女性)から、昨日(10月3日)のお昼過ぎの電話で知りました。

事前に、具合の悪かったことも、まったく知らされていませんでした。

ケースワーカーさん:「○○さん(ヤッチのこと)の携帯電話でよろしいでしょうか?保護△係の□□と申します。」

たぶん、こんな切り出しだったと思います。

『たぶん』と書いたのは、動揺していて、記憶が曖昧です。

ケースワーカーさんが続けます。

ケースワーカーさん:「今日の朝、お兄様が○○病院で、お亡くなりになりまして…。」

はじめて聞く病院の名前でした。

都内の病院ですが、兄の住むアパートから、遠く離れた場所にある病院でした。

ここからは、一字一句覚えていないので、『だいたい』こんな感じの会話だったということで…。

ヤッチ:「えっ!今日ですか?」

ケースワーカーさん:「はい。実は、今年(2019年)の9月から、肺炎になられていて、そこから、ずっと寝たきりだったんですね…。」

ヤッチ:「病院に入院したとかっていう話じゃないんですか?」

ケースワーカーさん:「今朝、病院でお亡くなりになったと、連絡が入りました。」

ヤッチ:「風邪から?誤嚥性肺炎?」

ケースワーカーさん:「その辺のところは、よくわからないのですが、実は、お兄様なんですが、『食道がん』が、かなり進行していまして…。」

ヤッチには、人の話をさえぎって、かぶせて話す悪い癖があります。

ヤッチ:「食道がん?それで、父母の納骨に出かけたとき(2019年4月30日)に、やせ細っていたのか…。」

ケースワーカーさん:「納骨の話は、お兄様から、私もよく話を聞いていました。」

今年(2018年)の4月の終わりに、姉夫婦、兄、ヤッチの4人で、アルツ君とキノコさん二人の遺骨を樹木墓地に、納骨してきました。

関連記事:
アルツ君、キノコさんの納骨
[2019/05/05 (日)]

キノコさんが亡くなってから納骨の日(約1年間)まで、ずっと、兄と会っていませんでした。

久しぶりに会う兄は、体重が減り、懐中電灯で照らすと、骨が浮かび上がりそうなくらい、やせていました。

声のほうも、そばに耳を近づけないと、聞き取れないような状況でした。

その時は、『不摂生をして、満足に食事を摂っていないのだろう。』、そんな風に考えていました。

いつものヤッチなら、それを言葉にして、本人にダイレクトに言ってしまうのですが、なぜか、その時は、そんな気分になれなかったのを記憶しています。

また、兄は、納骨を終えると、車で来ているのだから、一緒に車で帰ればよいのに、なぜか『用事がある』と言って、電車で帰ってしまいました。

なんとも奇妙な行動です。

たぶん、納骨の日は、ほとんど会話をしていません。

話を戻します。

ヤッチ:「で、死亡診断書の死亡理由は何だったんですか?肺炎?食道がん?」

ケースワーカーさん:「なんとも、私からは、申し上げられませんけど、死亡診断書には『食道癌』と書かれています。」

ヤッチ:「いつ、食道がんが、わかったんですか?」

ケースワーカーさん:「私も今年(2019年)の4月から、お兄様の担当になっているのですけれど、記録を見る限りでは、去年(2018年)の12月に、『がん』がわかったようです。」

ヤッチ:「兄と連絡を取っていなかった私が悪いんですけど、なんでもっと早くに、福祉事務所さんから、知らせていただけなかったんでしょうか?」

ケースワーカーさん:「お兄様が、『家族には教えないでくれ。』と、強く希望されたものですから…。」

兄のいう『家族』とは、ヤッチと姉という意味だと思います。

ヤッチ:「そうでしたか…。それは失礼しました…。でもな…。」

ケースワーカーさん:「それでも、お兄様、大変なご病気なのに、痛みにこらえて、お仕事をされていたみたいですよ。」

ヤッチ:「その判断は、果たして『吉』だったんですかね…。結構、『がん』は進行していたんですか?」

ケースワーカーさん:「詳しくは、存じ上げませんが、今年(2019年)の7月になってから、私どもの判断で、介護保険を使って、介護用ベッドをお部屋に設置させていただきました。」

ヤッチ:「そんなひどいことになってたんですか…。要介護度は?」

ケースワーカーさん:「要介護3です。」

ヤッチ:「区分変更を掛ければ、多分、介護度は4とか、5ですよね?」

ケースワーカーさん:「おそらく…。で、9月に、肺炎になられてしまって…。訪問看護が毎日入っていたのですけれども、看護師が、『もうアパートのお部屋では、無理。』というので、往診の先生と相談の上、○○病院に入院していただいた次第です。(入院日9月26日)」

ヤッチ:「それで、そのまま逝っちゃったっていうわけですか…。」

ケースワーカーさん:「おっしゃるとおりです…。」

ヤッチ:「遺体は、今どこに?」

ケースワーカーさん:「区で、委託している葬儀社があるのですが、御遺体はそこで安置しています。」

ヤッチ:「焼く前に会いに行く必要があるよなぁ…。」

ケースワーカーさん:「それで、ご傷心のところ、大変恐縮なんですが、今後の手続き等々について、ご相談差し上げたいことが、ございますので、一度、福祉事務所の方にいらしていただけないでしょうか?」

ヤッチ:「一度ならず、何度でも。今から伺いましょうか?」

ケースワーカーさん:「そうしていただけると、ありがたいです。」

早速、福祉事務所に出向き、いろいろな手続きのための書類を書いてきました。

生活保護法では、国から最低限の葬儀費用が支給されるので、その書類です。

兄の死亡届を葬儀社が代行して、区へ提出するための書類。

火葬の委託の書類。

5、6枚に署名捺印したような気がします。

言われるがままに、書いていたので、もう何の書類に署名したかの記憶もありません。

そこで、問題になったのが、火葬した後の遺骨をどうするか?

この時にまだ結論を出していませんでしたが、後で姉に連絡し、一致した意見になりました。

遺骨は一応、姉が持ち帰り、アルツ君、キノコさんの眠る樹木墓地に申し込みをしようという結論です。

今年の応募・抽選は締め切っているので、もし当選しても、埋葬できるのは再来年になりそうです。

一通り、書類に署名したところで、ヤッチが切り出します。

ヤッチ:「ところで、なんで、食道がんというのが、わかったんですかね?兄が、がん検診に申し込むような人間ではない気がするんですが。」

ケースワーカーさん:「去年(2018年)の12月から、歯科へ通院されていたようなんですけど、歯科の先生が大学病院を紹介されたようです。」

ヤッチ:「え、じゃあ、口を開けたときに、『びらん』が目視で確認できるほど、ひどかった???」

ケースワーカーさん:「おそらく、おっしゃるような状況だったのかもしれません。」

ヤッチ:「大学病院での検査結果は?」

ケースワーカーさん:「ステージいくつとは、お伺いしていませんが、多分、相当その時に進行していたのではないかと思います。今年(2019年)の1月から、長い期間、入院されていましたからね…。」

ヤッチ:「入院?これまた初耳だわな…。いつまで入院していたんですか?」

ケースワーカーさん:「1月1日から3月13日までです。」

ヤッチ:「おい、おい、勘弁してよ~。大学病院に、3か月も?よほど、予後が順調じゃなかったんですね…。」

後から聞いた話ですが、この期間内に、『がん』の切除術も行っていたようです。

切腹手術です。

追記(2019年10月09日)
個人情報の関係上、病院から、直接話を聞くことはできませんでしたが、兄を担当していた訪問看護師さんの話では、切除術(開腹手術)は行っていないそうです。入院期間中は、抗がん剤治療(化学療法)も行わず、放射線治療が中心だったそうです。


退院して間もない4月にアルツ君、キノコさんの納骨に来ているわけですから、そりゃあ、元気がないのは当たり前です。

あくまで、推測ですが、無理をしてまで、納骨に出かけたのは、死期の迫った自分が、そろそろそっちに行くよという挨拶に行きたかったのかもしれません。

当たり前のことですが、初耳なことが満載で、どれを書いたら、よいかわかりません。

今年(2019年)4月に、退院後、通院していた大学病院で、余命宣告も受けていたようです。

医師からは『腹をくくれ』と言われたそうな。

言うなら、『食道をくくれ』だろうと、突っ込みを入れたくなるヤッチです。

今年(2019年)7月には、食事が思うように摂れなくなり、『胃ろう』の造設手術も行っていたみたいです。

暑かった今年(2019年)の夏に、兄のアパートの部屋のエアコンが故障し、ショートステイを繰り返し、暑さをしのいでいたことも聞きました。

こんな話をヤッチが聞いていたら、何かできることもあったろうにと、悔しくてたまりません。

ケースワーカーさん:「ところで、お兄様には、娘さんがいらっしゃるんですか?」

ヤッチ:「もう、何年前だろう?20年とか、30年前に離婚していて、娘が一人いますよ。」

ケースワーカーさん:「やはり。お兄様は、唯一、『娘に会いたい』と漏らしていたものですから。」

ヤッチ:「もう、何年も音信不通だし、連絡先を私は聞いていません。」

ケースワーカーさん:「お兄様も連絡先が、わからないとおっしゃってました。」

ヤッチ:「でも、離婚した奥さんとは赤の他人でも、娘との親子関係は消滅しないわけですよね?」

ケースワーカーさん:「私も法律には疎いので、その辺のところは詳しくわかりません。」

ヤッチ:「仮に、兄に財産が有れば、離婚していても、子供には相続権が認められていると思いますよ。」

ケースワーカーさん:「はい…。」

ヤッチ:「そうだ!勝手に、私が、火葬の日程を決めて、後で、このことを娘が知ったら、『なんで、火葬する前に会わせてくれなかったのよ!!』って、怒られる可能性がありますよね?」

ケースワーカーさん:「その辺のところは、ご遺族様と葬儀社で、話し合って決めていただいて、構わないことなので…。」

ヤッチ:「うまいね…。火葬する前に、娘の居所を探す必要がありますよね?」

ケースワーカーさん:「それはお兄様が、生前から希望されていたことなので。」

ヤッチ:「そうしたら、家に帰って、ネットで検索してみますよ。」

ケースワーカーさん:「そんなこと、できるんですか?」

ヤッチ:「できるかどうか、わかりませんが、生前、何もしてやれなかったので、何かしてやらないと…。」

ケースワーカーさん:「そうですか。もし娘さんが見つかって、葬儀社と火葬の日取りが決まったら、こちらにも連絡が入ると思いますが、連絡をくださいますか?」

ヤッチ:「わかりました。いろいろと、兄が、お世話になって、ありがとうございました。私からもお礼を申し上げます。」

ヤッチは家に戻り、兄の娘の所在を調べます。

何とか、離婚した奥さん(兄の元嫁)のお兄さんまで、たどり着き、電話を掛け、兄の訃報を知らせました。

ヤッチの電話番号を教えて、兄の元嫁さんに折り返してもらうように告げました。

兄の元嫁さんからの連絡はありませんでした。

今日(10月4日)になって、ネットで、兄の娘らしき人物も見つけたのですが、本当に兄の娘なのか、自信がありませんでした。

ネット上に公開されている電話番号(勤務先)に、思い切って(心臓バクバクいわせて)、掛けてみると…???

やった!

娘本人でした!

やはり、火葬する前に、兄の姿を見たいということで、本日(10月4日)午後、兄の娘、ヤッチの姉、ヤッチの三人で、兄の安置されている葬儀社で面会してきました。

以前会った時より、さらに痩せていました。

ケースワーカーさんの話だと、17kgも痩せたとか…。

とにかく、兄が生きているうちに、娘に会わせてやりたかった…。

たぶん、兄の娘も、そう思っていたことでしょう。

ヤッチと兄とは、喧嘩ばかりして、道端で会っても他人のふりをする生活が、ずっと続いてきました。

どちらかというと、ヤッチの兄に対しての一方的な冷たい仕打ちのようなものが、有ったと思います。

父母が亡くなり、そういったわだかまりも消え、雪解けの雰囲気になりつつあったのですが、やはり、世の中、そう思うようにいかないものですね。




追伸
火葬は2019年10月8日に決まりました。
荼毘に付した後、上記の三人で兄の骨を拾う予定です。
明日から、ヤッチは、兄の携帯電話の解約やら、アパートの部屋の掃除など、雑用が増えそうです。
ちょっと、ネットサーフィンを楽しむ余裕はなさそうなので、皆さんのブログへの訪問は、しばらくお休みさせていただきますね。
誤字脱字、乱文ご容赦のほど。


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2019/10/04 | コメント (10) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top

記憶が薄れる前に ~ 生きる努力とは

2019/11/14 (木)  カテゴリー: 兄
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記憶が薄れる前に、今年(2019年)、10月3日に亡くなった兄のこの1年間のことをまとめておきたいと思います。

なんだか、父アルツ君や母キノコさんの時と違って、兄についての情報が少ない分、記憶もぼやけていくのが、早いような気がしたので、ここに書きとどめておきたいと思います。

これまで書いた記事の内容と重複するところがたくさんあります。

また、これまで書いた記事と異なる箇所もあります。

今回書かせていただく記事が、より現実に近いものとなります。

過去の記事に関しての相違する箇所は、ここに書かせていただく記事内容に置き換えてくださるようお願い申し上げます。
(いわゆる手抜きです。)

ヤッチは、兄が亡くなった後に、兄が食道がん(癌)だったことを知ったので、兄がどんな日常を送り、どんな闘病生活を送っていたのか、全く知りません。

そう、エピソード記憶なるものが全くないんです。

ですから、まとめると申し上げても、みな、人様から聞いた話ばかりです。

具体的には、兄を担当していた福祉事務所のケースワーカーさん、訪問看護ステーションの看護師さん、介護保険のケアマネジャーさんから、おうかがいした話が大半です。

兄が亡くなった後に、ヤッチは兄の部屋を片付けましたが、その時に、兄が使用していた手帳が出てきたので、その情報も一部含まれています。

毎日の様子というわけにはいかず、断片的なことしか書けませんがご了承ください。

さらに、ヤッチの頭から、一気に記憶をバラバラと落としていますので、記事が普段にも増して長いです。

また、乱文です。

髪の毛も混ざっているかもしれません。

通勤や帰宅途中に、ご閲覧の方は、時折、降車駅を確認してください。

余談ですが、ひらがなの『がん』と、漢字の『癌』は、臨床の場などでは使い分けられているようですが、このブログでは、あえて、平易な『がん』という言葉を使わせていただきます。

「がん」と「癌」の違い

「がん」という言葉は皆様ご存知ですが、それでは悪性腫瘍、悪性新生物、癌、がん、肉腫、さらに良性腫瘍などとのちがいは? ときかれると少し返答に困られるのではないでしょうか。がん、悪性腫瘍、悪性新生物は同じですが、「がん」は主に臨床で、「悪性腫瘍」は主に病理学で、「悪性新生物」は主に統計学で使われているようです。

平仮名の「がん」には、漢字の癌、肉腫、白血病や悪性リンパ腫などが含まれます。一方、漢字の「癌」は癌腫と同じで、肉腫や悪性リンパ腫は含まれません。ですから一般に「がん」といいますと、悪性腫瘍(悪性新生物)全般のことで、胃癌や肺癌のような癌と白血病や骨肉腫のような肉腫のことを示します。


さて、その兄ですが、普段は、生活保護を受給しながら、『屋上緑化』の仕事をしていたようです。

これ、おそらく父アルツ君が、認知症になる前の、まだ植木職人として、バリバリの現役だった頃に、兄がやり始めた仕事ではなかったかと思います。

よい香りのする奥様方を相手に、ヤッチも花を売っていた頃でもあります。

父アルツ君が、『博打みたいなことをして、儲けにつながるのか?実績のないヤツにお客さんなんて付きやしない。』と、兄にお説教をしていたのを覚えています。

屋上緑化の仕事というのは、読んで字のごとく、建物の屋上に植物などを植え、庭園を造り、緑化し、それを維持管理する仕事です。

緑のカーテンというのをご存知でしょうか?

フウセンカズラ、ゴーヤ、朝顔などのつる性の植物を窓の外や壁面に張ったネットなどに這わせて植え付け、まるでカーテンを張ったかのように育てていくものです。

水分を含んだ植物の葉が、窓や壁面に当たる直射日光をさえぎってくれるので、夏の室内温度の上昇を抑えてくれると同時に、光熱費も抑えられます。

観賞用というより、省エネ対策として用いられることが多いようですが、植物を育てることの好きな方にとっては、両方をかなえてくれるので、一時、とても流行りました。

カンタンに申し上げれば、これの屋上版が、屋上緑化というものです。

当然、屋上の無い建物では、屋上を造らないと、屋上緑化はできませんね。

兄が、どの程度の規模で、これをやっていたかは、わかりませんが、主に数軒の都内の幼稚園の屋上の緑化などに携わっていたようです。

ここで、生活保護を受けている人間が働いて収入を得てもいいの?という疑問が出ると、思いますので、先にお断りしておきます。

生活保護を受給している人も、就労は許可されています。

というより、推奨されています。

後日、収入申告すれば、収入を得ても構いません。

収入申告をしない場合は、いわゆる『不正受給』になる可能性が高いです。

収入にかかった経費も認められ、働いて得たお金の金額分相当は、生活保護費から差し引かれます。

言い換えると、働いて得たお金は手元に残りますが、生活保護費が削られます。

5万円稼いで、5万円を生活保護費から、引かれてしまうと、働かない方がマシみたいなことになってしまうので、就労意欲が無くならない程度に、上乗せがあります。

つまり、働いた側からすると、保護費以外のお小遣い銭が、わずかですが、増えます。

逆に、生活保護費(最低生活費)以上に稼いでしまえば、『もう、生活保護は要らないね』ということになり、生活保護は卒業、廃止となります。

兄がどの程度の収入を得ていたかは知りませんが、ケースワーカーさんによれば、兄はこの屋上緑化の仕事をライフワークにしていたとのことです。

なんだか、横文字が出てくると、わかったような、わからないような話になってしまいますが、要は、好きでこの仕事をやっていたということになるんでしょうか。

そんな兄ですが、以前の記事にも書かせていただきましたが、去年(2018年)の後半の11月27日に、自宅近くのO病院で、内視鏡検査を受けています。

ちょうど、1年前くらいです。

高橋ジョージの吐く息が白いです。

関連記事:
O病院での内視鏡検査の結果、『食道がん』の疑い有りということで、近隣の大学病院への紹介状を書いてもらい、診察の結果、入院という運びになったようです。

兄の大学病院への入院日ですが、去年2018年の年末なのか、今年2019年の1月からなのか、はっきりしません。

兄の手帳を見る限りでは、去年2018年の12月27日に診察を受けているのは確かです。

この日、緊急入院になったと考えるよりは、入院日を決める相談を兼ねた受診と考える方が自然なのではないでしょうか。

年末年始は、大学病院も外来診療をやっていませんから、入院日を今年2019年の1月4日とか、1月5日にしたのではないかと考えられます。

今年2019年1月5日に、腫瘍マーカー検査(がんの勢いを調べる血液検査)とCTを受けています。

そして、1月9日より30日間の放射線治療も始まっていたようです。

兄の手帳には1月10日から、朝夕の2回、毎日の体重が記録されています。

1月10日の時点で、朝の体重が48.0kg、夕の体重が49.0kgです。

1週間後の1月17日の体重が朝45.7kg、夕45.6kgと記録されています。

こんなに、1週間で減ってしまうものなのでしょうかね…。

違う体重計に乗ってしまって、誤差が生じたのでしょうか。

ちょっと、目を疑ってしまいました。

もともと、見た目は痩せている方でしたが、それでも、元気な頃は、60kg程度はあったのでは?というのがヤッチの印象です。

兄の身長は、おそらく165cm程度だと思いますが、BMI換算すると、

49.0÷(1.65×1.65)=‭17.99…

BMIの計算をしなくても、男性の体重が、48.0とか、49.0kgと聞いたら、痩せすぎだって、普通思いますよね。

BMI
Body Mass Indexの略
体格指数と呼ばれることもあり、太っているか、痩せているかの指標。
【計算式】
体重(kg)÷身長(m)の2乗
【基準値】
18.5~25
18.5未満:やせ
25以上:肥満

兄の腫瘍マーカーの値が、どれほどのものだったのかの情報はありませんが、検査結果を待たずに、すぐに放射線治療が始まっていたようですから、『がん』は、もうこの時に、かなり進行していたのではないでしょうか。

残念ながら、放射線治療の様子もわかりません。

退院は、兄の手帳には、3月13日(2019年)と記されています。

手帳のところどころに、『しゃっくり』、『ゲップ』、『吐き気』、『下痢』、『痰(血つき)』という文字が、見て取れます。

中でも、『つき上げる吐き気』という表現が多く使われています。

『つき上げる』って、いったいどんな感覚なんですかね。

『こみ上げる』なら、すこし想像がつきますが、直下型地震のように、『突然やってくる』みたいなニュアンスなのでしょうか。

今度、会ったら聞いておきますと、言いたいところですが、焼きあがって骨になっています。

『喉元があつい』なんていうのも、有りました。

3か月以上も入院し、入院していることをヤッチや妹である姉に知らせなかったわけですから、かなり心細かったのではないでしょうかね…。

面会する人も無く、さびしい入院生活だったのではないでしょうか。

少し体力的に余裕が有って、テレビを観るにしても、テレビカードを購入する必要が出てきます。

入院経験のある方なら、ご存知かもしれませんが、すぐにクレジットが無くなってしまいます。

もし、頻繁にテレビを観ていたら、すぐに生活保護費は底をついてしまいますから、テレビを観て過ごすなんていうこともできなかったと思います。

また、看護師さん以外に、身の回りの世話は、いったい誰がやっていたんでしょうね…。

現在の福祉事務所のケースワーカーさんが、兄の担当になったのは、今年(2019年)の4月からですから、もしかすると、このケースワーカーさんの前任者が、頻繁に面会にいらしてくださっていたのかもしれません。

兄の入院時の様子は、この程度の情報しかありません。

2月の後半には、体重が42.9kgまで減少しています。

サイズにして、AAA65です。

院内のNST(栄養サポートチーム=Nutrition Support Team)も入っていたようですが、体重の増減を繰り返していたようです。

退院日の3月13日には、48.0kgまで、体重が戻り、退院しています。

それでも、兄より若干身長の高いヤッチの体重が62kgですから、少なすぎですね。

ヤッチも内臓脂肪の話は抜きにして、太っている方ではないと思います。

やや回復傾向だったのか、入院期間が長いせいで追い出されたのかも、わからずじまいですが、今年(2019年)3月13日に兄が退院しているのは、間違いないようです。

話が前後しますが、兄の入院中に、地域包括支援センターの保健師さんや兄の担当の介護保険のケアマネジャーさんが、兄の病床に訪れています。

入院中に、兄は介護保険の認定調査を受けて、『要介護3』の認定を受けたという話をこのケアマネさんから聞きました。(亡くなるまで要介護3は変わらず。)

兄の退院後に、どんな選択肢が有ったのかわかりませんが、兄は『在宅』を希望したそうです。

何よりも、前述した屋上緑化の仕事を継続し、自宅で生活したいという強い希望が有ったそうです。

そのためには、兄の自宅(部屋)の環境が整っていないことが、まず問題になったとか…。

はい…。

おそらくゴミ屋敷状態だったことが、疑われます。

キノコさんが亡くなった後に、キノコさんの荷物から、自分に必要そうなものを、せっせと運び込んでいましたから、余計でしょうね。

ケースワーカーさんの話によれば、この時から、変な咳をすることも多かったとか。

咳き込むと止まらなくなってしまうようなことも有ったので、埃っぽい兄の部屋の環境は、けっして良い環境とはいえません。

そして、兄の部屋のエアコンが故障していることが、最大の問題だったとか…。

ヤッチは、夏の暑い時期に兄の部屋のエアコンが故障していたと聞いていましたが、どうもこの時に、故障していたようです。

4月中旬にエアコンを交換が済んだと、後から聞きました。

今年(2019年)は、3月になっても、寒い日が続きましたから、暖房器具なしで、ガリガリ君のアンダー細め野郎には乗り切ることはできません。

そこで、ケアマネさんが、介護保険のショートステイを利用するのはどうだろうと提案してくださったとのこと…。

ショートステイというのは、短期間、施設に入所して食事、入浴、リハビリ、レクリエーションなどを受けられる介護サービスです。

ただ、ショートステイだと、自宅ではなく、その施設で寝泊まりするわけですが、まず、外出することはできません。

たいていの特別養護老人ホーム(特養)などの施設では、ショートステイの利用者さんのために部屋を空けています。

ヤッチも父アルツ君の特養に頻繁に通っていましたから、ショートステイの利用者さんの様子も見ています。

帰宅願望の強い利用者さんが、ショートステイを使うと、職員さんたちが、かなりピリピリしているのも見ています。

利用者さんが、隙あらば脱走を試みるからです。

兄が仕事先へ出かけたいと言った場合、ショートステイでは、外出ができないので、兄の希望と合致しません。

ケアマネさん、一生懸命、外出許可の下りるショートステイ先を探してくれたようです。

区内には、たった1件だけあったそうです。

それもヤッチのアパートから歩いて通えるような場所です。

数年前に、できたばかりの特別養護老人ホームです。

兄が亡くなった後に、この特養にあいさつに伺いましたが、ヤッチはここの施設長さんと顔見知りでした。

アルツ君の入所していた特養(別の特養です)で、トラブルになった時、この施設長さんは、当時、地域包括支援センターのセンター長をされていて、ヤッチと姉ががアルツ君の入所していた特養にクレームを入れるときに、同席してくださった方でした。

ヤッチの顔で、兄の外出許可が下りたとは思えませんが、外出許可の下りるショートステイは都内でも、あまりというか、ほとんど無いそうですね。

たまたま、この施設長さんのご配慮なのか、外出許可の下りるショートステイ先が見つかったので、退院後、兄はここで寝泊まりしていたようです。

ショートステイできる期間は、30日間が上限(?)と聞いたことがありますが、けっこうフルに使っていた様子です。

たまに自宅のアパートに戻り、またショートステイで入所ということを亡くなるギリギリまで、繰り返していたようです。

しかし、まあ、病み上がりというか、病んでる最中なんだから、働かないで、寝てればいいのにと、ヤッチが居合わせたら、言っていたでしょうね。

実際に、兄が亡くなった後に、兄をお世話してくださった方たちの前で、『働かせるより、療養を優先した方が良かったのではないでしょうか?』と言ってしまったことがあります。

みなさん、『お兄様の強い希望が有ったもので…。』とおしゃっていました。

強い希望というより、皆さん、口には出さないけれども、兄の姿を見て、兄の死を予感していたのかもしれません。

死ぬ前に希望をかなえてあげたい的な…。

福祉の仕事に従事している方なら、一層、そうお考えになるのかもしれません。

そんなこんなで退院した兄ですが、どのくらいの頻度で、ショートステイ先から仕事に出かけていたのかまでは、聞くことができませんでした。

亡くなる直前まで、この特養のショートステイを利用していたことだけは確かです。

電気料金のことを記事にしていますが、エアコンをフル稼働させるような時期に、兄の電気料金が安く抑えられているのは、ほとんど自分の部屋に居なかったからなんですね。

ただし、ショートステイを利用するといっても、ずっとお世話になっている特養に居続けることはできません。

ロングステイとなれば、特養に入所するのと、同じになってしまいますから、時には自宅に戻ることがあったと思います。

兄は、フローリングに布団を敷い寝ていました。

なぜ、わかるかといえば、キノコさんの亡くなった後、兄がキノコさんの荷物を運んでいるときに、ヤッチが、自分の使っていなかった布団を兄に譲っているからです。

でも、今年(2019年)の7月に介護保険を利用して、福祉用具貸与で、介護用ベッドを兄の部屋に搬入しています。

ベッドを入れるスペースを作るために、ケースワーカーさんたちが部屋の大掃除をしてくれたそうです。

ヤッチの譲った布団は粗大ごみ行きです。

このことからも、兄の病状は日に日に悪くなっていったことがうかがえます。

座敷布団では起き上がるのも困難になっていったことが推測されます。

時を同じくして、兄の訪問診療、訪問看護、また、管理栄養士さんも入ってくれるようになったそうです。

訪問看護については、ほぼ毎日だったと聞いています。

また、訪問看護でいらっしゃる看護師さんは、毎日違う方いらっしゃるような感じではなく、兄専属みたいな感じで、お一人の看護師さんが、主に訪問していたような印象です。

ペインクリニックに通い始めたのもこの頃だと聞いています。

月の大半をショートステイとして利用し、ショートステイを使わない日は、これらの訪問診療や看護を受ける日々の始まりです。

兄の部屋には、車椅子も残されていました。

また、おむつも…。

いつから使用していたのかわかりませんが、亡くなる直前は、自力で立つことも、トイレに行くこともできなかったのではないでしょうか。

キノコさんの時もそうでした。

最初は、ヤッチがリハパンを替えるのも嫌がっていたのに、いつの間にか、毎日のように、摘便をしてあげないと気が済まないような親密の中に…。

ヤッチのテクに魅了されたのか、『そんなにやったら、腸に穴があくぞ』と言っても、言うことを聞いてくれないような時もありました。

兄もヤッチに言ってくれれば、おむつくらいなら、替えてやったのにと、愚痴りたくなりますね…。

愚痴っても仕方ないことですが、兄の病状がより一層憎悪したのは、今年(2019年)の8月の後半から9月に入ってからのようです。

思うように食事も、のどを通らなくなっていったのだと思います。

今年(2019年)、8月29日に胃ろうの造設手術を受けています。

兄の手帳を見る限りでは、8月29日から9月2日まで入院と書いてあります。

そして、退院した足で、ショートステイ先の特養に戻る予定だったそうですが、胃ろうの管理が特養では、できなかったため、自宅で訪問看護師さんの指導を受けていたようです。

兄の手帳への記載はここまでです。

ここからは、訪問看護師さんから聞いた話が中心です。

胃ろうの手術を受けて帰ってきた兄は、体力を消耗していて、調子悪そうな様子だったっそうです。

そして9月7日(2019年)に、兄の入院していた大学病院で、がん患者やその家族に対しての『フォーラム』が有ったそうです。

兄はこれに出席…。

『フォーラム』と言われても、想像がつきません。

4匹の羊が、マイク片手に演説でしょうか。

どんな内容か、わかりませんが、そこの会場の冷房が効きすぎて、兄は『寒かった』と言っていたそうです。

疲れて帰ってきたのに、翌日の9月8日(2019年)に仕事に出かけたそうです。

訪問看護で入っていた看護師さんも、日常生活を支援するヘルパーさんも兄の様子が、さらに、さらに憎悪したのは、9月9日(2019年)からと、口を揃えておっしゃっています。

具体的にどんな様子だったかは、想像するしかありません。

9月9日(2019年)に訪問診療で、医師の診察を受けています。

この時、兄の部屋で血液検査をしたようですが、この検査結果が兄の部屋に残されていました。
(クリックで拡大できます。)



白血球数が13,850(正常値3,500~9,700)。

体内での炎症を示す数値はのCRP値が9.80(正常値0.30以下)。

かなり、ヤバヤバというか、いつ逝っちゃってもおかしくないような炎症反応です…。

訪問看護師さんもおっしゃっていましたが、血液検査の異常な炎症反応は、食道がんだけのものだけのものではなかったんでしょうね。

まず、肺炎、しかも誤嚥性肺炎が疑われます。

逆に低いのが、筋肉に存在する酵素のCK(クレアチンキナーゼ)の25(正常値50~230)。

赤血球数357(正常値438~577)

うん…。

妊娠したのかな…。

翌日の9月10日のショートメールが、兄の携帯電話に残されていました。

この頃は、もう声も、うまく発声できなくなっていたと思われるので、通話より、ショートメールが多かったのではないでしょうか。

また、もともと片側の耳が難聴だったため、人の声質によって、聞き取りにくい声と、聞き取りやすい声があったので、通話よりメールだったのかも?

以下は、前日に訪問診療でいらしてくださったクリニック(医師?)と兄との間のショートメールの記録です。

携帯を打つ手がおぼつかないのか、意味不明の箇所もありますが、できるだけ忠実に再現してみます。

カッコ内は送受信時刻です。

『躯』という言葉が出てきますが、これは『身体(からだ)』という意味だと思います。

『からだ』と入力して、『身体』に変換するより、『く』と入力し、『躯』に変換する方が、打つ回数が少なくてすむので、そうしていたのではないかと考えられます。

お前は建造物か!と、突っ込みを入れたくなりますが…。

血液検査の翌日のやり取りです。

9月10日の履歴

兄:「昨日は有難うございます!診察後の躯の状態。トラナール(2錠)その他の薬の効き目あると思いますが?痰 午後11時より酷く明け方まで続く」(10:55)
※トラナール → トラマール
がんの痛みを抑える解熱鎮痛消炎剤

クリニック:「承知しました」(10:56)

クリニック:「しんどかったですね」(10:56)

クリニック:「今日はうかがいますか?」(10:57)

兄:「ゴミ箱一杯でました。但し 粘着状の黄色い痰です。熱は、明け方には、多少下がったようです。喉が、乾いたので 口からOS-1 100cc飲 躯痛み有」(11:14)

兄の携帯電話より引用

そんな調子が悪いのなら、安静第一と思いますが、9月14日に仕事に出かけます。

ヤッチがその場にいたら、確実に抑制をかけて、亀甲縛りですね。

身体に赤のロウソクを垂らした後、放置して固め、身動きの取れないようにします。

結局、最寄り駅に徒歩で向かったものの、たどり着けなかった様子です。

最寄り駅までは、ゆっく~~り歩いて30分、普通に歩いて15分~20分といったところでしょうか。

この日、最寄り駅に向かう兄と、訪問看護師さんとのショートメールでのやり取りが、兄の携帯電話に残されていました。

やはり、意味不明の箇所がありますが、おおよその見当はつくと思います。

9月14日の履歴

兄:「便秘薬が効かないのか、ガスとゲップだけはよく出ます。痛みも酷くなり、タイミングは、まあまあ良かった。メール手の中 うつの辛い。取り敢えず外出。」(10:10)

看護師さん:「気をつけてください。帰ったら連絡ください。」(10:14)

兄:「結局 ○○駅にも、着きません。至急 連絡ですので 会話通話を、始めた途端に 背中 腕 等激痛。痰 咳止まらず。今現在 咳 痰収まり 痛みまだ続く!?」(10:35)

看護師さん:「今日は仕事難しいのでは?」(10:36)

看護師さん:「戻れますか?」(10:37)

看護師さん:「大丈夫ですか?」(10:47)

看護師さん:「どうですか?家に戻れましたか?」(12:26)

兄:「もう 戻っています」(12:30)

看護師さん:「良かったです!」(12:30)

看護師さん:「14時ぐらいに行きましょうか?」(12:31)

兄:「すみません。先ほどから少し熱が・出てきたよう 今日朝~帰宅迄は、状態 状況 説明済み はやめに お願いします 済みやせん」(12:43)

看護師さん:「了解です。」(12:46)

兄の携帯電話より引用

訪問看護師さんが、14時過ぎに兄の部屋を訪れたそうですが、右腕に帯状疱疹が出ていたそうです。

9月21日には、大学病院で、定期的な診察があり、介護タクシーを利用して、外来で診察を受けたそうです。

ケースワーカーさんの話では、自らの足で車椅子に乗り、先に準備して、部屋で待っていたそうです。

行く気満々っていうやつです。

散歩前のワンコロ状態…。

なぜ故、そういうテンションになったかは不明ですが…。

タミフルは飲んでいなかったと思います。

しかし、診察から自宅へ戻ると、ぐったりと、疲れてしまったそうな…。

看護師さんの話によれば、この時にいったん下がっていた熱が再び上がり、肺炎も悪化していたのではないかというお話しでした。

大学病院での外来診察の翌日の9月22日の夜も訪問看護師さんとメールでやり取りしています。

しかし、相当具合が悪かったのか、うまくコミュニケーションを取れていなかった様子です。

繰り返しになりますが、大学病院を受診した翌日の夜のやり取りです。

9月22日の履歴

看護師さん:「メール打てますか?」(20:06)

看護師さん:兄に電話を掛ける。話したかどうかは不明。兄の電話に着信履歴のみが残る。(20:17)

看護師さん:「明日伺います。もしも緊急事態ですか!今行く必要あるのであれば
一字でも『うん』でも打てますか?」
(20:30)

看護師さん:「大丈夫ですか?」(20:54)

看護師さん:「明日でも大丈夫ですか?」(21:02)

看護師さん:「読めているのであれば一字だけでも返答ください。」(21:02)

兄:看護師さんに電話を掛ける。話したかどうかは不明。兄の電話に発信履歴のみが残る。(21:06)

看護師さん:兄に電話を掛ける。話したかどうかは不明。兄の電話に着信履歴のみが残る。(21:16)

看護師さん:兄に電話を掛ける。話したかどうかは不明。兄の電話に着信履歴のみが残る。(22:14)

兄の携帯電話より引用

兄がショートメールを打てないような状況だけは推測できます。

ショートメールを打つかわりに、ワン切りのような形で、看護師さんの携帯電話に着信履歴を残し、生存していることを知らせたような感じですかね…。

この訪問看護ステーションは夜間対応型のステーションではありません。

たまたま当番で、この看護師さんが緊急時に備えていらしたのか、それとも業務外で、兄にお付き合いくださったのかもわかりません。

兄のことを心配下さって、ただただ、頭の下がる想いです。

看護師さんご自身も相当なストレスだったでしょうね…。

翌日の9月23日(2019年)に、兄の今後について、介護保険で入っているヘルパーさんなどの意見も聞き、兄のお世話をしていた方たちで、話し合いをしたそうです。

結論としては、『もう、これ以上、在宅での生活は無理。』だったそうです。

9月24日に訪問診療のドクターに入院のための紹介状を書いてもらったようです。

入院日は9月26日(2019年)です。

入院する病院は、緩和ケアが中心の病院です。

つまり、治癒を目指した積極的な治療が有効でなくなった人を対象とする病院です。

肉体的苦痛や、精神的苦痛を取り除いたり、やわらげたりする医療やケアを行う病院です。

入院日の前日に、ずっと兄に寄り添ってくださっていた訪問看護の看護師さんが、兄にそれとなく、たずねたそうです。

看護師さん:「○○さん(兄の名前)、もし、この病院に入院したら、そこで最期かもしれません。それでも入院されますか…?」

兄:「○○○○(自分の名前)!生きる努力をします!」

声を出すのもやっとなのに、ハッキリと自分の名前を言い、しっかりとした口調でそう言ったそうです。

最期まで、『生』に執着したということなのでしょうか…。

さすがです…。

入院先の病院で、兄は帰らぬ人となりました。

2019年10月3日、朝7時55分。

享年66歳。

2019年10月8日、荼毘に付す。



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2019/11/14 | コメント (6) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top
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