site_title進行性核上性麻痺の疑いのある元植木職人のアルツ君(父)、アルツ君の愛妻キノコさん(母)、そしてアルツ君の息子ヤッチの日々の生活を紹介しています。
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アルツ君が急逝しました

2016/11/09 (水)  カテゴリー: アルツ君
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死亡診断書

久しぶりのブログの更新が悲しいご報告となってしまいましたが、我が父、アルツ君が急逝しました。

死亡診断書の死亡時刻は11月3日木曜日、午後3時10分です。

思いつくままに記事を書かせていただいていますので、読みにくい箇所もあるかと存じます。

またドタバタしていてすぐに記事も書くことができませんでした。

何卒ご理解の程を。

さて前回、前々回の記事でも書かせていただきましたが、アルツ君の処遇について古巣である特別養護老人ホームとの話し合いは上手く行かず、事実上特養への受け入れは拒否され、新しい受け入れ先を探していました。

7月4日からS病院の一般病棟に入院していたアルツ君ですが、10月14日に正式に特別養護老人ホームの退所の手続きを取り、10月16日からS病院の一般病棟から療養病棟に移り、新しい受け入れ先を探すという流れです。

そして新しい受け入れ先のCD病院が見つかり、転院の申し込みを済ませました。

医療保険を利用してのS病院の医療型療養病床(医療療養型病床)と違い、転院先のCD病院は存続か廃止か昨今取り沙汰されている介護療養型医療施設(介護療養型病床)で、介護保険を利用します。

そんなCD病院においても、待機人員は多く、転院するにも3~4か月は待たなくてはならないと言われていました。

年内の転院はきびしいのではと家族が考えていたところ、3~4か月どころか早くもベッドに空きができたという知らせが来ました。

転院日は2016年11月01日…。

転院先のCD病院からS病院にお迎えが来て、姉の立ち合いのもと、CD病院に転院しました。

S病院の看護師さんから笑顔で見送られ、本人も『ありがとう。ありがとう。』と穏やかに答えていたそうな…。

また、転院先のCD病院の薬剤師さんからは、『ずっと点滴もしていないし、こんなに飲んでいる薬が少ない方は初めてだ。』と言われたそうな…。

つまりアルツ君はそれだけ元気だったということ。

そんな中、アルツ君が転院して間もない11月03日の午後2時頃ヤッチの元へ登録していない番号からの携帯着信が有りました。

転院先のCD病院の医師からでした。

医師:「○○様(←ヤッチの名前)の携帯電話でよろしいでしょうか?こちらはCD病院です。私はCD病院の△△と申します。」

ヤッチ:「はい。」

医師:「実はキーパーソン(身元引受人)のお姉さまの電話に繋がらなくて、ご次男様の番号が書かれていたのでこちらに電話させていただきました。実はお父様が急変されてすぐこちらに来ていただけないでしょうか?」

『急変』という言葉にただならぬ状況だと判断したヤッチ…。

ヤッチ:「はい。お伺いします。」

医師:「どのくらい(の時間)でこちらにいらしていただけますか?」

実は、10月の半ばから、独居の母キノコさん(要介護2)も急激に体力がお衰え、自身でご飯を作れないほどの急降下で、ひとりにしておけない状況でした。

ツイッターではツイートさせていただきましたが、認知症の症状も出て、幻視、徘徊まであり、見守りが必要な状況。
Twitter
ヤッチのプロフィール

S病院にいる時のアルツ君については、食欲もあり、入院しているとはいえ、さほど心配しないでも病院で過ごしてもらえる状況だったので、母キノコさんのお世話にヤッチはややシフトしているような状況でした。

アルツ君と違って、言葉で説明するのは難しいほど、キノコさんの扱いは厄介。

取説にすると、かなり分厚い冊子なるような感覚です。

そんな母キノコさんを連れて病院に出向くか迷いましたが、まさかのことがあった場合、連れて行かないと後々面倒なことになりそうな雰囲気。

ヤッチ:「できるだけ早く伺いたいのですが、準備の都合もあるので、どうしても1時間ちょっとはかかるかと思います。」

医師:「そうですか。一刻を争う状況なのでなるべく早くいらして下さい。」

ヤッチ:「わかりました。できるだけ早くお伺いできるようにします。」

キノコさんに状況を説明し、タクシーを呼び大慌てで二人でCD病院に向かいました。

説明はしたもののキノコさんは理解していない様子でした。

アルツ君がS病院に居るときはS病院が自転車で行ける距離だったので、かなり無謀ですが、徘徊の危険のある母を残して毎日夕方になると、S病院にアルツ君の夕食の介助に出かけていました。

しかし、CD病院は自転車行けるような距離の場所になかったので、母を残してCD病院に行くことはできません。

母を一人にしてしまう時間が長くなってしまうからです。

姉がアルツ君の夕食の介助に行ってくれると言ってくれたので、アルツ君がCD病院に移ってからのヤッチは母キノコさんの病状が安定するまでの間、キノコさんのお世話に専念することにしました。

したがって転院してからはアルツ君と何日間か顔を合わせていません。

1時間程度でCD病院に到着。

しかし…

時すでに遅し…。

アルツ君の病室にたどり着いたときには、心配停止の状況でした。

アルツ君がCD病院に転院してからわずか2日後の出来事です。

医師が状況を説明します。

医師:「お電話を差し上げたときは、まだ呼吸もあったのですが、その後10分くらいしてからでしょうか、心電図計の針が伸び始めました。それからまた10分か15分、14時半くらいには呼吸をなさらなくなってしまいました。」

ヤッチ:「わずか30分かぁ…。じゃあ、電話をもらった時はまだ生きていたっていうこと?」

医師:「そうですね。私もコールで駆けつけ、できる限りのことはさせていただいたのですが、急変するのがアッというまでして…。わずか30分足らずでお亡くなりになられてしまったとういう感じでしょうかね。」

ヤッチ:「近くで顔を見てもいいですか?」

医師:「もちろん。」

アルツ君、まだ酸素マスクを付けたままです。

病院でお借りした車椅子に座っているキノコさんを立たせて二人でアルツ君の枕元に。

ヤッチはアルツ君の頬を触ります。

ヤッチ:「おっ。まだ、温かい…。それに顔も赤いね。」

キノコさんもアルツ君の頬を触ります。

キノコさん:「あら、本当だわ。眠ってるんじゃないの?ほら、起きなさい!起きなさい!」

ヤッチ:「おーい、旦那さ~ん。美味いもの持って来たぞ。おーい、目を覚ませ~。」

キノコさん:「眠ってるのよ。ほら。起きなさい!」

ヤッチ:「旦那さん、なんだか笑ってるみたいだね。美味いもん、食ってる夢でも見てるのかな。もうちょっと待っててくれればよかったのに反則だぞ?」

キノコさん:「絶対起きる。死んでなんかいない!」

ヤッチがアルツ君によくしていた質問をします。

ヤッチ:「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は?」

アルツ君:「…。」

ヤッチ:「歩く姿は?」

アルツ君:「…。」

ヤッチ:「返事しないね?」

キノコさん:「ぐっすり眠ってるのよ。」

懸命ににアルツ君を起こそうとするキノコさんを見て、認知症の症状が進んでキノコさんがこうアルツ君に呼びかけているのか、それとも現状を受け入れられないのか正直わかりませんでした。

そのキノコさんを見てヤッチは嗚咽を我慢するのに必死…。

医師:「そろそろ死亡の確認を取らせていただいてよろしいでしょうか?」

キノコさん:「まだ死んでない!絶対に起きる!」

か細い声ではありますが、やはり現状を受け入れられず混乱しているのがよくわかります。

ヤッチ:「進めて下さい。」

医師:「現在時刻は15時を回ったところです。死因はどうしましょうか?」

ヤッチ:「おいおい、そんなことを俺に聞かないで下さいよ。」

医師:「急激に病状が変化したことから、考えられるのは急性の心筋梗塞か、脳梗塞があげられます。」

ヤッチ:「解剖するわけにもいかないしな…。お任せします。」

医師:「それでは『脳血管障害』ではいかがでしょうか?」

ヤッチ:「急性心不全というのは?」

医師:「心不全というのは、脳血管障害でも、心筋梗塞でも心不全になるので、ご病名にはならないんですよ。」

ヤッチ:「じゃあ、我々が後の手続きで困らない病名を書いて下さい。」

医師:「わかりました。」

マヌケな会話をしながら、医師が今一度アルツ君のまぶたをめくります。

ヤッチにはそのアルツ君の目が『お前、美味いもんを持って来たんだろうな?』と流し目を送ったような気がしました。

しかし医師が手を放すとアルツ君、元の穏やかな顔に。

キノコさんが、『眠っているだけ』とういうのもわかる気がします。

医師:「それでは死因は脳血管障害ということにさせてください。15時10分、死亡を確認させていただきました。」

ヤッチ:「ありがとうございました。」

医師:「それでは死後処理をいたします。それまでデイルームをご用意いたしますので、そちらでお待ちください。その後、ご遺体のほうは霊安室にお運びしてもよろしいでしょうか?」

ヤッチ:「姉とまだ連絡が取れていません。霊安室で姉と父が御対面というのはちょっと悲しすぎるので、姉が来るまで病室で父を寝かせてあげるというわけにはいかないでしょうか?」

医師:「はい。そういうことでしたら、お姉さまがお見えになるまで病室にいらしていただきます。」

アルツ君の病室の階下のだれもいないデイルームに通されます。

キノコさんを暖房の効いている位置に座らせます。

キノコさんはずっと手を握り締めたままです。

キノコさん:「絶対、起きる。絶対起きる…。」

ヤッチはその姿を見るたびにグッとくるのに、キノコさんは一滴も涙をこぼしません。

姉と連絡が取れ、1時間くらいして、姉が姿を現し、ヤッチに近寄ります。

姉:「ごめんねええええええ。私がパパをここへ連れてこなければ、こんなことにならなかったのに…。あんたが一生懸命パパの面倒をみてくれていたのに私が台無しにしちゃったああああああ。」

姉が泣きじゃくります。

ヤッチ:「そんなことないよ。みんなで決めてここに連れてきたんだから。」

姉:「でもね。パパね。ここへ来て、最初の日はこんなに食べて大丈夫なのって思うくらいイッパイ食べたんだよ。『ありがとう、ありがとう。』って言って、動かないはずの右手まで動かしてたんだよ。それが次の日…、ちょっと病室が寒くて、熱が37度まで出ちゃったんだよ。私がきっと風邪を引かせちゃったんだよyyyyyy。」

ヤッチ:「こればかりは仕方ないよ。限られた予算で、設備もS病院に比べて劣っているのは承知の上だったんだから…。旦那さんもきっと許してくれるよ。」

姉が責任を感じる以前に、アルツ君を在宅で介護できない状況にしたのはヤッチ自身…。

むしろサポートしてくれた姉には感謝してもしきれないものが有ります。

姉が来たところで、再度病室に向かいます。

姉の旦那さんも来てくれています。

姉が父の枕元で号泣します。

姉:「ごめんね。パパ、ごめんね。ごめんね。ごめんね。わーwwwwww。」

キノコさんもアルツ君のそばにいます。

処理されたアルツ君の顔には名称は何というのかわかりませんが、顔からあごを一周するように包帯のようなものが巻かれています。

おそらく口が開かないように巻かれているのだと思います。

キノコさん:「こんなの巻いたんじゃ、きつくて苦しいんじゃない?息ができないし、首が締まっちゃうわよ。外してもらった方がいいわよ。これじゃあ、おじいちゃん、窒息して死んじゃうわよ。」

いやいや死んでるし…。

悲しみとは裏腹にアルツ君の鼻に詰められたワタをマジックで黒く塗りたい気分になるヤッチ…。

その後アルツ君の遺体は霊安室に移動になりました。

キノコさんの希望通り、アルツ君の顔に巻かれたものはヤッチが注文を付けて外してもらいました。

アルツ君を霊安室に移し、お線香をあげたところで、キノコさんの体力も限界に近づいていたので、ヤッチはキノコさんを連れて家に帰ることにし、その後は姉夫婦にアルツ君のことを任せました。

姉によると、霊安室は翌日の午前中(11月04日)までしか預かってもらえないということだったし、寒々しい屋外の物置のような場所だったので、その日のうちに葬儀屋さんを手配し、葬儀屋さんの一室をお借りし、アルツ君を暖かいところで寝てもらうことしたそうです。

その日のうちに納棺も済ませたようです。

親戚等とは音信不通なので、通夜・告別式等は行わず。

焼き場が混んでいることだったので、火葬は11月06日の日程になりました。

CD病院でアルツ君と一旦お別れしてから、3日後の11月06日、母キノコさんを連れてアルツ君が納棺されている葬儀屋さんに行ってきました。

キノコさんがアルツ君を一生懸命起こします。

キノコさん:「おじいちゃん、起きなさい。何時まで寝てるの?」

反応するわけはありません。

キノコさん:「今、左目がちょっと開いたわ。」

ヤッチ:「いつも旦那さんは『ばあさんはどうした?どうした?』とキノコさんの事ばかりを気にしていたからきっとうれしかったんだね。とても穏やかな顔をしているよ。」

キノコさん:「だめよ。両目をちゃんと開けないと。」

お昼過ぎの2時頃だったでしょうか、アルツ君の棺に大好きだったボタモチやアボカドなどを入れ、この日のうちに出棺し、都内の斎場にてアルツ君は骨になりました。

焼かれたアルツ君の姿を見て姉が号泣します。

姉:「パパがとうとう骨になっちゃったよよよよぉぉ!」

知らせを聞いて来てくださった姉の幼なじみに抱きつき涙しています。

ヤッチもこらえるのに必死で、骨を集めている斎場のスタッフさんに変な質問をします。

ヤッチ:「そこにあるのは鎖骨ですか?」

スタッフさん:「いえ、これは肋骨です。」

ヤッチ:「かっー。ぶっとい肋骨だなあぁ。」

スタッフさん:「鎖骨はこちらになりますね。」

ヤッチ:「これまた、頑丈そうな骨だわな。」

アルツ君の骨の量はさすがです。

通常の人の1.5倍はあるそうです。

年齢にして60歳代の人の骨の量だそうです。

その証拠に詰め込まないと骨壺に収まり切りませんでした。

骨壺に入った骨を見てヤッチが再び斎場のスタッフさんにたずねます。

ヤッチ:「触ってもいいですか?」

スタッフさん:「どうぞ。頭のお骨はもろいので。」

アルツ君の前頭葉と思しき部分を触ります。

まだ焼きたてのアルツ君の骨は温かく、不思議と今もアルツ君の骨を触ったヤッチの指はスベスベしています。




アルツ君のS病院に入院中は毎日夕食介助に出かけ、くだらない会話して帰ることを日課としていました。

大変といえば大変でしたが、楽しさの方が勝っていた気がします。(本人がどう思っていたかは別として…)

身体的なことを言えば、ここ最近のアルツ君は個人的には下降線というより、むしろ上り調子になりつつあると思った矢先の出来事でした。

そして、母の身体の具合が悪くなり、母の世話をしなくてはならない日が2日ほどあり、CD病院に行くことができませんでした。

なんだかこの2日間がとても長く感じられます。

もうあの絶妙の切り返しはアルツ君からは聞けないんですよね…。

食べ物の話で花を咲かせることもできないんですよね…。

そして、同時並行で母の介護が始まり、悲しみに暮れている余裕も無さそうです。

時折、左目がジンワリ熱くなるのは、最近打ったボトックス注射のせいでしょうかね~。


2016年07月04日
S病院に誤嚥性肺炎で入院
2016年09月23日
特別養護老人ホームとの話し合いの結果他の療養型の施設を勧められる(事実上特養へは戻れないことに…)
2016年09月27日
アルツ君の身元引受人である姉を通じて特養に退所の意向を伝える
2016年10月14日
正式に特別養護老人ホームを退所
2016年10月16日
新しい受け入れ先となるCD病院に転院の申し込み。S病院の一般病棟から療養病棟に移り、CD病院のベッドの空きを待つことに。
2016年11月01日
CD病院に転院
2016年11月03日
急変し死亡
2016年11月06日
荼毘に付す





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2016/11/09 | コメント (22) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top

特別養護老人ホームを退所することにしました

2016/10/03 (月)  カテゴリー: アルツ君
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アルツ君の両腕

7月4日(2016年)から、誤嚥性肺炎でS病院に入院しているアルツ君ですが、暦は10月になりましたから、3ヶ月の入院ということになります。

9月13日(2016年)にS病院の医師から病状説明があり、アルツ君の状態も落ち着いているということで、その時に退院の許可は下りています。

記事にもしている内容なので、『クドい』と思われる話で恐縮ですが、このS病院の医師の病状説明を持って、9月23日に特養の嘱託医(S病院の医師ではない)のクリニックで家族と特養と話し合いの場が持たれました。

家族はアルツ君を『特養に帰らせてあげたい』との希望を提示しました。

特養の嘱託医は『特養に戻るのではなく、療養型の病院をお勧めします。』とのご意見。

特養の職員さんも『看取りに対するお覚悟が足りていないご様子なので、療養病床をお勧めします。』とのご意見。

絶対に戻れないというのではなく、戻るなら『看取り介護計画の同意書にサイン』をしたら受け入れて下さるというものでした。

その場での結論は出ずに、後日もう一度、父の将来について、家族からご返事申し上げることで話し合いは終了しました。

雰囲気的にはもう特養には戻れそうもないことは、家族だけではなく、同席していた成年後見人さんも察知していました。

医療同意に関する事項は成年後見人さんの職務範囲ではないので、成年後見人さんは話し合いの席で意見をおっしゃられることはありませんでしたが、話し合いの後、ぼそりと『ご家族はもちろんだけど、お父さん、かわいそうだ…。まだまだお元気なのにね…。』とおっしゃって下さったのが忘れられません。

たしかにS病院で介助を嫌がり、手首等にあれだけのアザやキズを作るパワーが残っているんですからね…。

家族間でまた話し合いをし、特養関係者の皆さんのご配慮も積極的に考慮し、結局、今の特養を退所し、新しくアルツ君の受け入れ先を探そうということになりました。

しかし先に特別養護老人ホームを退所したのは良いけれど、別の受け入れ先が決まらずに見切り発車をしては、今の入院先のS病院をアルツ君が退院してしまうと、アルツ君はいわばホームレス…。

まずはS病院の医療相談員さんに、相談することにしました。

事情を説明すると、新しい受け入れ先が決まるまでの間、アルツ君の面倒を見て下さるという有りがたいお言葉を頂戴しました。

一般病棟(病床)で入院継続となるのか、それともこの病院の療養病棟(病床)に移っての入院になるかもわかっていません。

まだまだ、前途多難ではありますが、今の特別養護老人ホームの自動退所となる期限(3ヶ月)も迫っていますし、とりあえず特別養護老人ホームを退所し、新たな受け入れ先を探すことにしました。

家族から特養退所の意向を特養の職員さんに電話で伝えました。

正式な手続きは特別養護老人ホームにおいて、書類を作成し、再度家族に連絡が入ってからになるようです。

特養に残したままのアルツ君の荷物も目録を作成し、特養の職員さんが箱詰めして保管して下さるようです。

荷造りされた荷物はそこから二週間以内に家族が引き取る手はずになるようです。


特別養護老人ホームの入所のために空きを待っている方も減少傾向にあるとはいえ、まだまだ多数いらっしゃると聞きます。

特別養護老人ホームに入所できただけで、父は幸運だったのかもしれません。

そんな幸運な機会に恵まれたのに今度は身勝手な退所…。

わがままな家族ですが、どうか御理解のほど、よろしくお願い申し上げます。


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2016/10/03 | コメント (8) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top

(その2)特養に戻るには『看取り』が条件

2016/09/24 (土)  カテゴリー: アルツ君
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バンジージャンプ

アルツ君のことをご心配下さっている方もいらっしゃると思いますので、現在のアルツ君の様子などを書き記したいと思います。

重複した内容ばかりですが、どうか御容赦のほどを…。

さて、前記事で誤嚥性肺炎で入院中のアルツ君の様子を食事摂取や水分摂取などについて、やや不安定であると書かせていただきました。

しかし、前記事で書かせていただいたカンファレンス(会議)の直後から急に回復…。

『回復』という言葉は医師が判断すべきことで、素人のヤッチがしてはいけないそうなのですが、あえてこの言葉を使わせていただきます。

8月後半から現在に至るまで、点滴を受けていません。

同じ病院内の療養病床に今後のことが決まるまでの間部屋を移ってもらう予定でしたが、病院のご配慮なのか、部屋を移動することなく、一般病床で過ごしています。

食事摂取については、ここ2週間くらいは毎食出される食事をほぼ完食。

出される食事は通常出される食事の半分の量なので、全部食べても通常の半分の量になりますが、下降線ではないので家族としては一安心といったところです。

夕食時にはヤッチが食事介助をさせていただいていますが、持参したアボカド(半分に切ったものを手動でペースト状にしています)に黒みつを和えて食前にペロリ。

出された食事をすぐに食べ終わり、食後にオハヨー乳業の焦がしキャラメルプリン(4個入り)一つをさらにペロリ。

画像はオハヨー乳業さんからお借りしたものです

笑顔も出るようになり、入院時に比べると表情も豊かになってきました。

会話も少し長くできるようになってきました。

アルツ君に言わせると、『腹が減っては戦ができぬ』ではなく、『腹が減ってはいい屁はできぬ』で、『武士は食わねど高楊枝』ではなく、『武士は食わねーと死んじゃうよ』だそうです。

また、4年後の東京オリンピックにも出場すると申しております。

9月13日(2016年)に現在アルツ君の入院中の医師からも病状説明があり、『いつ退院していただいても病院はかまわない。今後については受け入れ先になる施設とご相談なさって下さい。』とのお言葉を頂戴しました。

で、この『受け入れ先になる施設』ですが、前記事では特別養護老人ホームの生活相談員さんから延命(治療)を望むなら療養病床を勧めるということを言われました。

医療型の施設(医療保険適用)なのか、介護療養型の施設(介護保険適用)なのかはおっしゃいませんでしたが、延命を希望ならば、医療施設の無い特別養護老人ホームよりは、医療を受けられる療養病床を探してそこに入所(入院)した方が良いというお話でした。

療養病床に移った時点で特養は自動的に退所になります。

繰り返しになりますが、もし特養に戻りたいのなら看取り介護計画の同意書にサインが必要で、その覚悟がない場合は受け入れをできないというお話です。

要は特養に戻るとすれば、アルツ君をこれ以上回復の見込みなしとして、医療効果の期待度は無いので、特養で積極的な医療を受けずに自然流れで死んでもらう覚悟が必要ということです。

基本的には今回のように誤嚥性肺炎になってもまた入院というわけにも行かず、救急搬送のようなこともしないという同意です。

終末期を迎えたアルツ君について、特養では苦痛を取り除くような緩和ケアを行うというものです。

勧めが有ったからというわけではありませんが、まだアルツ君を『看取り期(終末期)』とすることに迷いが有ったので、前回のカンファレンスの後から療養病床を探すことにしました。

特養に戻ることを選ぶか、療養病床を選ぶかの返事は9月の中旬までにしてくれと言われていたので、2~3週間程度しか余裕が有りませんでした。

今アルツ君の入院している病院も療養病床を併設しているので、環境を変えることなくアルツ君を移すことができます。

しかし、費用が高額でとても費用を捻出できません。

現在アルツ君の入院中の病院から何件か療養病床を紹介してもらい、姉が中心となって、問い合わせや見学、面接を行ってきました。

しかし、むずかしい…。

まず東京都内の療養病床はほぼ満床…。

病院の都合で断ることもあるので、実際のところはわかりません。

待機者も相当数いらっしゃるようです。

エリアを広げ検討しましたが、費用面が合わない状態です。

それにたとえば現在の居住区を遠く離れ、比較的安価の療養病床を見つけたとしても、頻繁に面会にはおそらく行けなくなると思います。

『ばあさん命』のアルツ君ですから、母が面会に来ないのではアルツ君が長生きできたとしても、かわいそうな気がします。

また遠方となれば、母も車椅子でなくては無理…。

努力が足りなかったのかもしれませんが、短期間で見合う場所が見つかりませんでした。

一つだけ、比較的母のアパートに近い療養病床を紹介していただき、姉が面接に行ってきましたが、やはり満床で入院するには2~3か月程度、系列の病院に入院してベッドの空きを待たなくては無理でした。

将来閉院が決まっている介護療養型医療施設(介護保険適用)です。

いろいろと家族と相談し、特養に戻ることをお願いしようということになりました。

前述したアルツ君の入院している病院の医師の病状説明を聞いた後、特養にその意思を伝えました。(9月13日 入院中の病院の医療相談員さん経由)

申し入れをしたところ、再度話し合いを持ちましょうということになりましたが、特養の嘱託医の予定が取れないため、1週間ほど間が空いてしまいました。

改めて後日、『今後について話し合いを持ちましょう。』と特養から成年後見人さんに電話が有りました。

日程は昨日の2016年9月23日(金)で、場所は特養の嘱託医のクリニックです。

で、家族側からは姉、成年後見人さん、ヤッチがお伺いし、特養側から、嘱託医、特養の主任看護師さん、生活相談員さん、課長さんです。

話し合いは、1時間程度だったと思います。

すべて書き記すとキーボードが悲鳴を上げるのでご容赦願って、端折って書かせていただきます。

まず、姉が特養の嘱託医からの求めで、現在入院中の病院の医師から聞いた病状説明をそのまま嘱託医に話しました。

『病院側の医師から回復の見込みなしとは聞いていない。普通の退院です。』ということも付け加えました。

それでも嘱託医からは『特養に戻るのではなく、療養型の病院をお勧めします。』というご返事。

『我々家族が考えている介護施設と実際の介護施設では考え方(介護の質)に大きな隔たりが有り、戻って来ても家族が不満を感じるし、不幸に感じるかもしれない。』というのが大きな理由で、『長生きさせたいなら、療養型を勧める。』というものでした。

特養側から『看取りに対するお覚悟が足りていないご様子なので、療養病床をお勧めします。もし、戻られるなら前回のカンファレンスで申し上げたように、同意書にサインをもらわないとお受けすることはできない。』というお話。

姉からは『同意書をみせてもらってから同意するかしないかの判断できないか?』の問いには、『書面上の問題ではなく、看取りに対するお覚悟の問題で、そういう次元の話ではない。』とのご回答。

同意書についてはまだ作成されていないとのことでした。

ヤッチからは、『まだ特養との契約は生きていると思うので、一旦病院からアルツ君を受け入れてもらって、それから同意について考えさせてもらうことはできないでしょうか?』という問いに関しては、『契約上の問題ではなく、そもそも療養型の病院で治療(医療)を受ける必要のある方を医療のない介護施設では受け入れられない。本来受け入れられない人を受け入れるのだから、同意書のサインが必要ですよと申し上げているのです。』

おおむね、こんな内容だったでしょうか。

特養側はっきりとおっしゃったわけではありませんが、『我々家族の看取りに対する覚悟がいまだに足りていない。足りていない以上は療養型の医療を選択することを勧める。』というのが、この場での話し合いの結論ということになるのでしょうか。

療養型を検討した上で特養に戻れないかの打診をした家族としては、どうしてよいのかわからなくなってしまいました。

話し合いの途中で、ヤッチは嘱託医におたずねしました。

ヤッチ:「今の段階で、父は『回復の見込みなし』とご診断されるのでしょうか?」

嘱託医:「いや、それは、まだ(アルツ君のことを)診ていないので、何とも言えません。」

医師の『回復の見込みなし』の診断(判断)が下りておらず、アルツ君がまだ看取り期(終末期)であるということも判明していないのに、それに先行して看取り介護計画に同意しないと特養に帰れないという部分については、正直なところ、どう解釈をしてよいのかわかりません。

10月アタマで特養の退所期限…。

どうする?





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