site_title進行性核上性麻痺の疑いのある元植木職人のアルツ君(父)、アルツ君の愛妻キノコさん(母)、そしてアルツ君の息子ヤッチの日々の生活を紹介しています。
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アルツ君が急逝しました

2016/11/09 (水)  カテゴリー: アルツ君
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死亡診断書

久しぶりのブログの更新が悲しいご報告となってしまいましたが、我が父、アルツ君が急逝しました。

死亡診断書の死亡時刻は11月3日木曜日、午後3時10分です。

思いつくままに記事を書かせていただいていますので、読みにくい箇所もあるかと存じます。

またドタバタしていてすぐに記事も書くことができませんでした。

何卒ご理解の程を。

さて前回、前々回の記事でも書かせていただきましたが、アルツ君の処遇について古巣である特別養護老人ホームとの話し合いは上手く行かず、事実上特養への受け入れは拒否され、新しい受け入れ先を探していました。

7月4日からS病院の一般病棟に入院していたアルツ君ですが、10月14日に正式に特別養護老人ホームの退所の手続きを取り、10月16日からS病院の一般病棟から療養病棟に移り、新しい受け入れ先を探すという流れです。

そして新しい受け入れ先のCD病院が見つかり、転院の申し込みを済ませました。

医療保険を利用してのS病院の医療型療養病床(医療療養型病床)と違い、転院先のCD病院は存続か廃止か昨今取り沙汰されている介護療養型医療施設(介護療養型病床)で、介護保険を利用します。

そんなCD病院においても、待機人員は多く、転院するにも3~4か月は待たなくてはならないと言われていました。

年内の転院はきびしいのではと家族が考えていたところ、3~4か月どころか早くもベッドに空きができたという知らせが来ました。

転院日は2016年11月01日…。

転院先のCD病院からS病院にお迎えが来て、姉の立ち合いのもと、CD病院に転院しました。

S病院の看護師さんから笑顔で見送られ、本人も『ありがとう。ありがとう。』と穏やかに答えていたそうな…。

また、転院先のCD病院の薬剤師さんからは、『ずっと点滴もしていないし、こんなに飲んでいる薬が少ない方は初めてだ。』と言われたそうな…。

つまりアルツ君はそれだけ元気だったということ。

そんな中、アルツ君が転院して間もない11月03日の午後2時頃ヤッチの元へ登録していない番号からの携帯着信が有りました。

転院先のCD病院の医師からでした。

医師:「○○様(←ヤッチの名前)の携帯電話でよろしいでしょうか?こちらはCD病院です。私はCD病院の△△と申します。」

ヤッチ:「はい。」

医師:「実はキーパーソン(身元引受人)のお姉さまの電話に繋がらなくて、ご次男様の番号が書かれていたのでこちらに電話させていただきました。実はお父様が急変されてすぐこちらに来ていただけないでしょうか?」

『急変』という言葉にただならぬ状況だと判断したヤッチ…。

ヤッチ:「はい。お伺いします。」

医師:「どのくらい(の時間)でこちらにいらしていただけますか?」

実は、10月の半ばから、独居の母キノコさん(要介護2)も急激に体力がお衰え、自身でご飯を作れないほどの急降下で、ひとりにしておけない状況でした。

ツイッターではツイートさせていただきましたが、認知症の症状も出て、幻視、徘徊まであり、見守りが必要な状況。
Twitter
ヤッチのプロフィール

S病院にいる時のアルツ君については、食欲もあり、入院しているとはいえ、さほど心配しないでも病院で過ごしてもらえる状況だったので、母キノコさんのお世話にヤッチはややシフトしているような状況でした。

アルツ君と違って、言葉で説明するのは難しいほど、キノコさんの扱いは厄介。

取説にすると、かなり分厚い冊子なるような感覚です。

そんな母キノコさんを連れて病院に出向くか迷いましたが、まさかのことがあった場合、連れて行かないと後々面倒なことになりそうな雰囲気。

ヤッチ:「できるだけ早く伺いたいのですが、準備の都合もあるので、どうしても1時間ちょっとはかかるかと思います。」

医師:「そうですか。一刻を争う状況なのでなるべく早くいらして下さい。」

ヤッチ:「わかりました。できるだけ早くお伺いできるようにします。」

キノコさんに状況を説明し、タクシーを呼び大慌てで二人でCD病院に向かいました。

説明はしたもののキノコさんは理解していない様子でした。

アルツ君がS病院に居るときはS病院が自転車で行ける距離だったので、かなり無謀ですが、徘徊の危険のある母を残して毎日夕方になると、S病院にアルツ君の夕食の介助に出かけていました。

しかし、CD病院は自転車行けるような距離の場所になかったので、母を残してCD病院に行くことはできません。

母を一人にしてしまう時間が長くなってしまうからです。

姉がアルツ君の夕食の介助に行ってくれると言ってくれたので、アルツ君がCD病院に移ってからのヤッチは母キノコさんの病状が安定するまでの間、キノコさんのお世話に専念することにしました。

したがって転院してからはアルツ君と何日間か顔を合わせていません。

1時間程度でCD病院に到着。

しかし…

時すでに遅し…。

アルツ君の病室にたどり着いたときには、心配停止の状況でした。

アルツ君がCD病院に転院してからわずか2日後の出来事です。

医師が状況を説明します。

医師:「お電話を差し上げたときは、まだ呼吸もあったのですが、その後10分くらいしてからでしょうか、心電図計の針が伸び始めました。それからまた10分か15分、14時半くらいには呼吸をなさらなくなってしまいました。」

ヤッチ:「わずか30分かぁ…。じゃあ、電話をもらった時はまだ生きていたっていうこと?」

医師:「そうですね。私もコールで駆けつけ、できる限りのことはさせていただいたのですが、急変するのがアッというまでして…。わずか30分足らずでお亡くなりになられてしまったとういう感じでしょうかね。」

ヤッチ:「近くで顔を見てもいいですか?」

医師:「もちろん。」

アルツ君、まだ酸素マスクを付けたままです。

病院でお借りした車椅子に座っているキノコさんを立たせて二人でアルツ君の枕元に。

ヤッチはアルツ君の頬を触ります。

ヤッチ:「おっ。まだ、温かい…。それに顔も赤いね。」

キノコさんもアルツ君の頬を触ります。

キノコさん:「あら、本当だわ。眠ってるんじゃないの?ほら、起きなさい!起きなさい!」

ヤッチ:「おーい、旦那さ~ん。美味いもの持って来たぞ。おーい、目を覚ませ~。」

キノコさん:「眠ってるのよ。ほら。起きなさい!」

ヤッチ:「旦那さん、なんだか笑ってるみたいだね。美味いもん、食ってる夢でも見てるのかな。もうちょっと待っててくれればよかったのに反則だぞ?」

キノコさん:「絶対起きる。死んでなんかいない!」

ヤッチがアルツ君によくしていた質問をします。

ヤッチ:「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は?」

アルツ君:「…。」

ヤッチ:「歩く姿は?」

アルツ君:「…。」

ヤッチ:「返事しないね?」

キノコさん:「ぐっすり眠ってるのよ。」

懸命ににアルツ君を起こそうとするキノコさんを見て、認知症の症状が進んでキノコさんがこうアルツ君に呼びかけているのか、それとも現状を受け入れられないのか正直わかりませんでした。

そのキノコさんを見てヤッチは嗚咽を我慢するのに必死…。

医師:「そろそろ死亡の確認を取らせていただいてよろしいでしょうか?」

キノコさん:「まだ死んでない!絶対に起きる!」

か細い声ではありますが、やはり現状を受け入れられず混乱しているのがよくわかります。

ヤッチ:「進めて下さい。」

医師:「現在時刻は15時を回ったところです。死因はどうしましょうか?」

ヤッチ:「おいおい、そんなことを俺に聞かないで下さいよ。」

医師:「急激に病状が変化したことから、考えられるのは急性の心筋梗塞か、脳梗塞があげられます。」

ヤッチ:「解剖するわけにもいかないしな…。お任せします。」

医師:「それでは『脳血管障害』ではいかがでしょうか?」

ヤッチ:「急性心不全というのは?」

医師:「心不全というのは、脳血管障害でも、心筋梗塞でも心不全になるので、ご病名にはならないんですよ。」

ヤッチ:「じゃあ、我々が後の手続きで困らない病名を書いて下さい。」

医師:「わかりました。」

マヌケな会話をしながら、医師が今一度アルツ君のまぶたをめくります。

ヤッチにはそのアルツ君の目が『お前、美味いもんを持って来たんだろうな?』と流し目を送ったような気がしました。

しかし医師が手を放すとアルツ君、元の穏やかな顔に。

キノコさんが、『眠っているだけ』とういうのもわかる気がします。

医師:「それでは死因は脳血管障害ということにさせてください。15時10分、死亡を確認させていただきました。」

ヤッチ:「ありがとうございました。」

医師:「それでは死後処理をいたします。それまでデイルームをご用意いたしますので、そちらでお待ちください。その後、ご遺体のほうは霊安室にお運びしてもよろしいでしょうか?」

ヤッチ:「姉とまだ連絡が取れていません。霊安室で姉と父が御対面というのはちょっと悲しすぎるので、姉が来るまで病室で父を寝かせてあげるというわけにはいかないでしょうか?」

医師:「はい。そういうことでしたら、お姉さまがお見えになるまで病室にいらしていただきます。」

アルツ君の病室の階下のだれもいないデイルームに通されます。

キノコさんを暖房の効いている位置に座らせます。

キノコさんはずっと手を握り締めたままです。

キノコさん:「絶対、起きる。絶対起きる…。」

ヤッチはその姿を見るたびにグッとくるのに、キノコさんは一滴も涙をこぼしません。

姉と連絡が取れ、1時間くらいして、姉が姿を現し、ヤッチに近寄ります。

姉:「ごめんねええええええ。私がパパをここへ連れてこなければ、こんなことにならなかったのに…。あんたが一生懸命パパの面倒をみてくれていたのに私が台無しにしちゃったああああああ。」

姉が泣きじゃくります。

ヤッチ:「そんなことないよ。みんなで決めてここに連れてきたんだから。」

姉:「でもね。パパね。ここへ来て、最初の日はこんなに食べて大丈夫なのって思うくらいイッパイ食べたんだよ。『ありがとう、ありがとう。』って言って、動かないはずの右手まで動かしてたんだよ。それが次の日…、ちょっと病室が寒くて、熱が37度まで出ちゃったんだよ。私がきっと風邪を引かせちゃったんだよyyyyyy。」

ヤッチ:「こればかりは仕方ないよ。限られた予算で、設備もS病院に比べて劣っているのは承知の上だったんだから…。旦那さんもきっと許してくれるよ。」

姉が責任を感じる以前に、アルツ君を在宅で介護できない状況にしたのはヤッチ自身…。

むしろサポートしてくれた姉には感謝してもしきれないものが有ります。

姉が来たところで、再度病室に向かいます。

姉の旦那さんも来てくれています。

姉が父の枕元で号泣します。

姉:「ごめんね。パパ、ごめんね。ごめんね。ごめんね。わーwwwwww。」

キノコさんもアルツ君のそばにいます。

処理されたアルツ君の顔には名称は何というのかわかりませんが、顔からあごを一周するように包帯のようなものが巻かれています。

おそらく口が開かないように巻かれているのだと思います。

キノコさん:「こんなの巻いたんじゃ、きつくて苦しいんじゃない?息ができないし、首が締まっちゃうわよ。外してもらった方がいいわよ。これじゃあ、おじいちゃん、窒息して死んじゃうわよ。」

いやいや死んでるし…。

悲しみとは裏腹にアルツ君の鼻に詰められたワタをマジックで黒く塗りたい気分になるヤッチ…。

その後アルツ君の遺体は霊安室に移動になりました。

キノコさんの希望通り、アルツ君の顔に巻かれたものはヤッチが注文を付けて外してもらいました。

アルツ君を霊安室に移し、お線香をあげたところで、キノコさんの体力も限界に近づいていたので、ヤッチはキノコさんを連れて家に帰ることにし、その後は姉夫婦にアルツ君のことを任せました。

姉によると、霊安室は翌日の午前中(11月04日)までしか預かってもらえないということだったし、寒々しい屋外の物置のような場所だったので、その日のうちに葬儀屋さんを手配し、葬儀屋さんの一室をお借りし、アルツ君を暖かいところで寝てもらうことしたそうです。

その日のうちに納棺も済ませたようです。

親戚等とは音信不通なので、通夜・告別式等は行わず。

焼き場が混んでいることだったので、火葬は11月06日の日程になりました。

CD病院でアルツ君と一旦お別れしてから、3日後の11月06日、母キノコさんを連れてアルツ君が納棺されている葬儀屋さんに行ってきました。

キノコさんがアルツ君を一生懸命起こします。

キノコさん:「おじいちゃん、起きなさい。何時まで寝てるの?」

反応するわけはありません。

キノコさん:「今、左目がちょっと開いたわ。」

ヤッチ:「いつも旦那さんは『ばあさんはどうした?どうした?』とキノコさんの事ばかりを気にしていたからきっとうれしかったんだね。とても穏やかな顔をしているよ。」

キノコさん:「だめよ。両目をちゃんと開けないと。」

お昼過ぎの2時頃だったでしょうか、アルツ君の棺に大好きだったボタモチやアボカドなどを入れ、この日のうちに出棺し、都内の斎場にてアルツ君は骨になりました。

焼かれたアルツ君の姿を見て姉が号泣します。

姉:「パパがとうとう骨になっちゃったよよよよぉぉ!」

知らせを聞いて来てくださった姉の幼なじみに抱きつき涙しています。

ヤッチもこらえるのに必死で、骨を集めている斎場のスタッフさんに変な質問をします。

ヤッチ:「そこにあるのは鎖骨ですか?」

スタッフさん:「いえ、これは肋骨です。」

ヤッチ:「かっー。ぶっとい肋骨だなあぁ。」

スタッフさん:「鎖骨はこちらになりますね。」

ヤッチ:「これまた、頑丈そうな骨だわな。」

アルツ君の骨の量はさすがです。

通常の人の1.5倍はあるそうです。

年齢にして60歳代の人の骨の量だそうです。

その証拠に詰め込まないと骨壺に収まり切りませんでした。

骨壺に入った骨を見てヤッチが再び斎場のスタッフさんにたずねます。

ヤッチ:「触ってもいいですか?」

スタッフさん:「どうぞ。頭のお骨はもろいので。」

アルツ君の前頭葉と思しき部分を触ります。

まだ焼きたてのアルツ君の骨は温かく、不思議と今もアルツ君の骨を触ったヤッチの指はスベスベしています。




アルツ君のS病院に入院中は毎日夕食介助に出かけ、くだらない会話して帰ることを日課としていました。

大変といえば大変でしたが、楽しさの方が勝っていた気がします。(本人がどう思っていたかは別として…)

身体的なことを言えば、ここ最近のアルツ君は個人的には下降線というより、むしろ上り調子になりつつあると思った矢先の出来事でした。

そして、母の身体の具合が悪くなり、母の世話をしなくてはならない日が2日ほどあり、CD病院に行くことができませんでした。

なんだかこの2日間がとても長く感じられます。

もうあの絶妙の切り返しはアルツ君からは聞けないんですよね…。

食べ物の話で花を咲かせることもできないんですよね…。

そして、同時並行で母の介護が始まり、悲しみに暮れている余裕も無さそうです。

時折、左目がジンワリ熱くなるのは、最近打ったボトックス注射のせいでしょうかね~。


2016年07月04日
S病院に誤嚥性肺炎で入院
2016年09月23日
特別養護老人ホームとの話し合いの結果他の療養型の施設を勧められる(事実上特養へは戻れないことに…)
2016年09月27日
アルツ君の身元引受人である姉を通じて特養に退所の意向を伝える
2016年10月14日
正式に特別養護老人ホームを退所
2016年10月16日
新しい受け入れ先となるCD病院に転院の申し込み。S病院の一般病棟から療養病棟に移り、CD病院のベッドの空きを待つことに。
2016年11月01日
CD病院に転院
2016年11月03日
急変し死亡
2016年11月06日
荼毘に付す





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2016/11/09 | コメント (22) | トラックバック (0) | ホーム | ▲ Page Top

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Comment


急なことでしたね。
心よりお悔やみ申し上げます。
長くブログを拝見させて頂いてましたから、
まだまだ舌好調な会話を聞かせて下さるような気がしてましたが、本当に残念です。
ヤッチさんご家族には、色々な困難な問題の中、
折々に決断を迫られて、大変なご苦労がおありだったと思います。よく頑張ってこられましたよね・・
お疲れが出ませんように~
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。

暘 |  2016/11/09 (水) 01:11 [ 編集 ] No.2292 -

急なことでしたね
私の母も明日療養型病院へ転院するので、これから関東へ向かうところです
明日は相当冷えるので心配しています
年寄は思いもしない急変をするので、こちらの心がついていけませんね
しばらく居ないという感覚になじめなくて辛いでしょうが、もうひとふんばりですね
御愁傷様です
合掌

taka |  2016/11/09 (水) 10:27 No.2293 -

ヤッチさん、こんにちは。

このたびは急なことで、驚きました。
心からお悔やみ申し上げます。

どんなに大変な状況でも、
お父様とヤッチさんの、愛情と笑いがいっぱいのやりとりを読ませてもらうのがとても楽しかったです。

ありがとうございます。

お母様のこともあり、まだまだヤッチさんやお姉様にかかる負担は大きいと思いますが、
どうぞご自分の健康も気遣ってくださいね。

mikomona |  2016/11/09 (水) 12:30 [ 編集 ] No.2294 -

急な事でした。

お悔やみ申し上げます。
どれだけの事をしても、逝かれてしまうと、身内はあれもこれもしてやれば良かった、などど悔やむ事が浮かびます。私もそうでした。もっと優しく出来なかったか、あの時こうしてあげたらもっと喜んだのではないか、介護に疲れて、何時までこれが続くのかと思った自分が恐くなったこともありました。
しばらくは悔やむことばかりでした。
でも、そんな自分を時間が慰めてくれました。
ヤッチさんと、お姉さまにもきっとそんな日が来ます。

マダムJ |  2016/11/09 (水) 16:26 No.2295 -

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 |  2016/11/10 (木) 00:00 No.2296 -

数年前、糖尿病悪化→慢性腎不全に伴う認知症状が現れた母に薬の服用や病院通院を促しても「死んだら死んだときだから大丈夫だってば」って笑って動かない姿に、
本気で首絞めてやろうかと何度も思っていた頃にこのブログに出会い救われました。
私はこんな優しい気持ちになれないなぁとか、
この言葉の裏には憎しみもこもってるかもしれないなぁ、
それでもヤッチは明日も施設に来て面白いことを
見つけてくれるんだろうなと期待していました。
私の中のアルツ君の最高傑作は、
オムツを替えてもらった後の
「今度来たらただじゃおかねぇぞ、
覚えてられねぇから覚えておきやがれ」です。
声を上げて笑えたおかげで、
今は特養から人工透析に通ってカラダもアタマも
少しだけ持ち直した母に、
色々な場面で本気で怒らずに済んで良かったと思えます
(時々ハラワタ沸騰しそうにはなりますが)。
キノコさんも体調が回復すれば少しは認知症状も改善すると思います。
診察、介護度認定など、手続き・交渉の嵐が待っているでしょうが、無理をされず、ゆっくり乗りきって下さい。
アルツ君、皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。

とんとん |  2016/11/11 (金) 21:11 No.2297 -

心よりご冥福を申し上げます

心よりご冥福申しあげます。
うちの父も今年亡くなりました。
やっぱり身内がいなくなると寂しいものですよね。
一生懸命支えてくださったこと・・・お父様はきっと感謝してくださっていると思います。
気力、体力ともにガックリとくるとは思いますが、ご自身の体調崩さぬようにご自愛ください。
本当に今までお疲れさまでした。

通りすがり |  2016/11/12 (土) 01:26 No.2298 -

お疲れ様でした

以前から更新楽しみにチェックさせていただいてました。突然のご逝去お悔やみ申し上げます。
私も認知症の母の介護のためいろいろな情報を探していた所、ヤッチさんのホームページに出会えました。
いつも楽しい内容で役立つ情報も多くとても勉強になりました。ありがとうございます。
施設に入所していた私の父も今年、アルツさんと同じように突然死してしまいましたので、お気持ち痛いほどわかります。
この後もしばらく色々な手続きなどで大変と思いますが、皆様お身体にはお気を付けください。

ロック |  2016/11/12 (土) 12:34 [ 編集 ] No.2299 -

暘さんへ

暘さん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。
いつも気遣っていただいて感謝しています。

母と病院に急いで駆けつけた時、父はとてもよい表情で眠っていました。
あの世でも美味しそうにボタモチを頬張っていると思います。

ほぼ毎日、父の所に出向いていましたので、父の声はまだハッキリ私の耳に残っています。
たくさんの名言を残してくれた偉大な父でした。
生前の父はどんな時でもクヨクヨせず、前向きな姿勢でした。
私も父を見習いたいと思います。

コメントありがとうございます。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:05 [ 編集 ] No.2300 -

takaさんへ

takaさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

無事お母様は転院されたでしょうか。
環境の変化で体調を崩されることもありますから、しばらくは御心配な日々ですね。

ご存知のように、父の生前中は毎日夕食の介助に出かけていました。
この時間が無くなってしまったので、夜がとても長く感じられます。
おっしゃる通り、時が解決してくれると思います。

あたたかいコメント、感謝です。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:07 [ 編集 ] No.2301 -

mikomonaさんへ

mikomonaさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

mikomonaさんには、介護について色々教えていただきました。
特にミキサーゲルは私にとって目から鱗でした。
父がここまで長生きできたのも、多くの皆さんにこうした貴重なご意見をいただいたからだと思っています。
父も喜んでくれていると思います。
今でも私のバッグの中にミキサーゲルの小袋が入ったままです。

お気遣いいただき、誠にありがとうございます。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:08 [ 編集 ] No.2302 -

マダムJさんへ

マダムJさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

父が亡くなる前は、もし父が亡くなったら、自分は抜け殻のようになってしまうのでは?と思っていました。
でも意外とそうでもないんですよね。
母のことで振り回されているので考える余裕がないのかもしれません。
また、もうしばらくするとボディブローのように効いてくるのかもしれません。

母の取説は分厚い冊子ですが、父の取説を先に読んでいたので全部読まなくても済む部分もあります。
忙しくさせていただいているのは、父が息子を悲しませないための配慮だったのかもしれません。

あたたかいお言葉を頂戴し、まことにありがとうございます。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:10 [ 編集 ] No.2303 -

非公開コメントNo.2296さんへ

非公開コメントNo.2296さん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

父の死因については『脳血管障害』となっていますが、本当のところは何が原因なのかわかりません。
父の組織を穿刺でもして抽出し、病理診断にでも出せば特定できたかもしれませんが、今はもう骨になってしまいましたのでそれもかないません。

私のような者がアドバイスできることはありませんが、父の利益のためなら遠慮はしないのが私のスタンスでした。
時には施設と衝突してしまうこともありましたが、遠慮して何も言わないよりはマシだったかなと。。。
軋轢を生まないよう少し言い方をかえて、こちら側の意思を伝えることは、今後ご家族様を安全安静に過ごしていただくためには重要なことのように思います。

私の反省も込めて少し偉そうなことを書いてしまいました。
ご家族様が快方に向かわれること、心よりお祈り申し上げます。
またあたたかいお言葉を頂戴し、大変感謝しております。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:12 [ 編集 ] No.2304 -

とんとんさんへ

とんとんさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

ブログやTwitterは面白い部分等を抽出して書いています。
父について憎たらしいと思ったことはイッパイ有りましたよ。
父も私に対して同じだったかもしれません。
病院に差し入れを持っていくと、父が私に向かって、差し入れを眺めながら

『間違いない?』

とよく口にしました。
文字でニュアンスを解説しても面白いものではありませんが、
この言葉の意味は、
『美味いものじゃ無かったら、ショウチしないからな。』というのと、『まさか毒でも入ってやしないだろうな?』と二通りに解釈できます。
つまり、私を100%信頼していないんです。
『いつもより多めにヒ素を入れておいたよ。』などと返していましたが…。
冗談が通じる相手だったから、こうした会話ができたのかもしれません。

母に関しては、全く冗談が通じないのでこうした会話が一切できず、かつてとんとんさんそうだったように、とてもイラッとすることが多くあります。
私が誰にでも同じように接することができる人間ではないことが改めてよくわかります。

父のみならず、母のことまでお気遣いいただき誠にありがとうございます。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:14 [ 編集 ] No.2305 -

通りすがりさんへ

通りすがりさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

時々、曜日や日付が分からなくなったり、記憶が飛んでいることがあるので、おっしゃる通りやや疲れが出ているのかもしれません。
それとも????

お声を掛けていただき、うれしく存じます。
ありがとうございました。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:16 [ 編集 ] No.2306 -

ロックさんへ

ロックさん、こんにちは。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

これからなのかもしれませんが、正直父が亡くなった実感があまりないんです。
枕を濡らす日々を想像していたんですが意外にそうでもない自分にビックリ。
母の方に気を取られているからなのかもしれませんが。。。

手続き等は父が11月に亡くなったので、10月、11月分の年金が12月に父の口座に振り込まれます。
この未支給の老齢厚生年金(+老齢基礎年金)の請求権は母になるので、この手続き、さらに遺族厚生年金を母が受給するかどうか週明けに年金事務所に再度相談してきます。
これを済ますことができれば、父の死亡関係の手続きは一段落することになると思います。

コメントいただき、父も喜んでくれると存じます。
ありがとうございました。

ヤッチ |  2016/11/13 (日) 11:18 [ 編集 ] No.2307 -

ヤッチさん
ご無沙汰しています。Akoです。
アルツ君の突然のご逝去に際し心よりお悔やみ申し上げます。

ときおりこちらやTwitterを覗かせていただいておりました。
アルツ君の絶妙な受け答えや食欲に回復されていると安堵しておりましたのに…

我が母は亡くなり8ヶ月が過ぎました…
未だに実家に行けば母が迎えてくれるような気がしますし、逢いたい逢いたい…と思う毎日です。母のことを考えない日はありません。
それでも生前は、口うるさい母をウザったく思ったり忙しさを理由になかなか会いに行かなかったり…身勝手な娘でした。
今思えば、元気なうちにもっと会いに行ってあげればよかった…と反省しきりです…
心配性の母なので、きっと今はすぐそばでハラハラしながら見守ってくれていると思います。
母が入院する直前に離婚したのですが、本当に心配性なので離婚も内緒にしてました…今頃『黙って離婚して!』って怒りつつ『大丈夫なん?』って心配してると思います。

アルツ君もきっとすぐ近くでご家族を見守っておられると思います。
おかあさまの介護もあり大変かと存じますが、ご無理なさらずお過ごしください。

Ako |  2016/11/15 (火) 13:58 No.2308 -

Akoさんへ

Akoさん、こんばんは。

お母様がお亡くなりになって、もう8ヶ月もたちますか…。
おさびしい心中お察し申し上げます。

でも身勝手ではなかったと思いますよ。
ご身内を介護されている方ならどなたでも感じていることだと思いますが、介護そのものが嫌な人は少ないはずです。
介護によって社会と疎遠になったり、自分自身の時間が奪われることが嫌なだけで、本来自分の時間は自分のために有るわけで他人のものではないと思います。
ですから、これを身勝手とは言わないのではないかと思います。
内緒にされたこともお母様のお気持ちに十分に配慮された上で口にされなかっただけで必ずしもご自身をお責めになる必要はないのではないかと…。
って、申し上げたところでお優しいAkoさんは返ってご自分を責めてしまうのかな?

私自身はというと、皆さんとは少し置かれた環境が違っていたので、今回父の死によって後悔ばかりという感覚はありません。
父が私の高齢者虐待によって保護され、特養に入所した時から始まっているので、その時から毎日が後悔の連続で、どう言葉にしたらよいのか、ショックのようなものが少ないのかもしれません。
後悔慣れとでもいうのでしょうかね。
正直、身軽になったと思うことさえあります。
こんなことを父が聞いたら大目玉ですね。
母の介護で少しだけ忙しくさせていただいているので、これはきっと父アルツ君が与えた私に対しての厳しい試練だと思います。

コメントいただき、大変うれしい限りです。
ありがとうございます。

ヤッチ |  2016/11/16 (水) 23:19 [ 編集 ] No.2309 -

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 |  2016/11/27 (日) 22:53 No.2310 -

非公開コメントNo.2310さんへ

非公開コメントNo.2310さん、こんばんは。

いろいろとご苦労がお有りだったのですね。
心中お察し申し上げます。

父の存命中、父の口癖は『寝れば治る』でした。
病気はもちろん、辛いこと、悲しいこと、腹立たしいことすべてを含め、一晩眠れば忘れることができ、病気も治ってしまうという意味だったように思えます。
そして父の明るさの原点は多分そこに有ったのではないかと思う今日この頃です。

父と接している時は私が父の話し相手になってあげるという少し上から目線のスタンスでしたが、今考えると話し相手になってもらっていたのは私の方でした。

もうああいえばこう言うの押し問答をすることはできませんが、たくさんの父の名言が私の記憶にしっかりと刻まれています。
ブログの中でもいくつか紹介させていただいていますが、暗いセリフを父はまず吐かなかったと思います。
そんな父を見習い、これからも明るく毎日を送りたいと思います。

コメントをいただき、大変うれしく思います。
ありがとう!

ヤッチ |  2016/11/28 (月) 23:05 [ 編集 ] No.2311 -

ご冥福をお祈りします

ご無沙汰しております。
思いもよらない記事に呆然としています。
お父さまのご逝去、心からお悔やみ申し上げます。

ヤッチさんとアルツ君のかけあいが大好きで、大変な状況の中でもユーモアを忘れないヤッチさんのあり方をとても尊敬していました。
アルツ君にはお会いしたことがないのに何だか身近な存在に思えていたので、本当に残念です。

アルツ君の訃報を知り、まだヤッチさんとアルツ君と同居されていた頃のことを思い出しました。
そしてバックナンバーからいくつかの記事をなつかしく(不謹慎な表現に感じられましたら申し訳ありません)読みかえしました。
そんなに昔には思えませんが、それでももうずいぶん前のことになるんですね。
アルツ君はヤッチさんが息子で本当に嬉しかっただろうし、誇りに思っていると思います。
ヤッチさんの体調は大丈夫ですか?
いろいろなことがあってまだゆっくりとした時間を過ごすことは出来ないかもしれませんが、どうかご自愛ください。

なんか、えらそうにすみません。
でも、これからも応援しています。

プッチョリーナ |  2016/11/29 (火) 16:28 [ 編集 ] No.2312 -

プッチョリーナさんへ

プッチョリーナさん、お久しぶりです。
返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。

コメントありがとうございます。
不謹慎と思えることは何もありませんでしたよ。
むしろとても光栄なことで、父も喜んでいると思います。

私はと申しますと、父の死をあまり引きずることもなく元気に過ごしております。
自分ではもっと涙もろいはずだと思っていたんですがね。
10月に母が体調を崩し、せん妄、徘徊、その他認知機能の低下と、介護にまつわる諸問題を抱えて少しだけ忙しくしていましたが、母もやや回復し、今は自ら訪問リハを受けてみたいというようにまでなりました。

父が亡くなったことを忘れることはないと思いますが、多分時間の経過とともに鮮明だった記憶も徐々に薄れていくのだろうと思います。
こんな日がいつかは来るのだろうと頭の片隅に置きながらブログを書いていたので、このブログは私にとって貴重な財産となりました。
と、申し上げつつ、バックアップを未だにしていない私ですが…。

母のことをこのブログに書き記したいとも思ったのですが、父と違って全く冗談が通じない母なので記事にしても、あまりに普通過ぎて面白くないので控えています。
また、面白エピソードがありましたら、近況を含めて記事にしたいと思います。

プッチョリーナさんのお書きになられるブログはとても面白いので、ぜひまた更新してください。
お元気そうで何よりです。(思い込み妄想…)
懐かしい友(思い込み妄想2…)からコメントをいただき、とてもうれしいです。

ありがとうございました!

ヤッチ |  2016/12/01 (木) 10:26 [ 編集 ] No.2313 -

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